眠れない夜に どこかが痛い
思い出してはいけない傷
甘やかな夢で 踊り続ける
気が付いてしまわないように
愛してるよ 暖かいよ しあわせだよ しあわせ
眠たそうに 暮れる月日 それだけの筈なのに
目を覚ませば 血塗れの腕
「おぼえていない」
貴方が包んだ 私の手首
隠そうとも剥ぎ取れない赤い跡
肌寒い朝に 悪夢で起きた
何を見たのか、もうわからない
嘘のような空が ただ明けていく
私だけは置き去りのままで
在りもしない影が拭い去れずに
鮮やかな"現在"を理解できない
蜃気楼の靄を彷徨う――
愛おしいよ 傍にいるよ 離さないよ ずうっと
悲しくない 苦しくない 遠く麻痺するまでに
愛してるよ 壊れるほど しあわせだよ しあわせ
巡る季節 積み重ねる それだけの筈なんだ
ふと気づけば 飲みすぎた薬
「おぼえていない」
貴方は数える 私の寝息
魔物たちが休まるのを待つばかり
いつからだろう 泣いていたのは
「おぼえていない」
貴方は聞かない 私の過去を
理由なんて闇を消せはしないから
淡い現と惨い夢
絶望の雪雲のその上で
午前零時 君とまた巡り会おう
君ならば憶えている答えを
尋ねるため 僕は今 会いに行くよ
北の極 旅の星を辿って
果てしない 時の風に吹かれて
追憶の静寂のその闇で
同じ空を 君とまた見つめていよう
君が知っている宇宙の理
僕が学んだ神話の秘密
君が知らない調和の讃美歌
僕が失くした翼の呪文
一面の 光となって
僕が忘れてしまっても
君の血潮に流れている
君が忘れてしまっても
僕の思想に宿っている
僕が忘れてしまっても
君の言葉に生きている
君が忘れてしまっても
僕の身体に生きつづける
忘却の道筋のその末に
探している真の歌があるのなら
北の極 旅の星を辿って
果てしない 時の風に吹かれて
絶望の雪雲のその上で
午前零時 君とまた巡り会おう
いつだって此処に居るから
雨のように見えるのは
誰かが残した祈り
傷を縫って蔦が巡り
廃都市を優しく守る
君が紡いだ機械の夢を
僕は伝えつづける
記憶が行き着く 終わりの楽園
満たした静寂 眠りにつく場所
歌うの 歌うの 救済の歌を
嘆きも 痛みも 忘れ去らぬように
錆びた星が落ちるころ
白銀の百合を摘めば
時の針が砕け散った
粉々に煌めいて
深い森が隠すのは
惨めな戦の跡地
赦されない罪もやがて
過ぎ去ったものへと変わる
僕が去っても機械の夢は
君を閉じ込めつづける
記憶が行き着く 不滅の楽園
遥かな静寂 安らぎの在処
歌うの 歌うの 救済の歌を
怒りも 恨みも 揺るぎない愛も
記憶が行き着く 終わりの楽園
揺蕩う静寂 鎮められる場所
歌うの 歌うの 救済の歌を
嘆きも 痛みも 忘れ去らぬように
この夜が明けたら 旅に出る貴方に
物語をひとつ教えてあげる
流れついた雨が 帰る天の向こうに
美しい街があるのだって
生きる道すがら
失くしてきたものたちと
もう一度出会える街が
いつか 赤い木々が燃ゆるころ
雨の帰るところで
私を探してくれますか
見つけてくれますか
遊んでいた部屋は 取り壊されたけど
思い出だけは持ってゆけるから
やわらかな記憶と景色を抱きしめて
眠りつく場所を求めゆくのだ
長い旅の果て
出迎える灯に
過ぎ去った季節が揺れる
いつか 金の雲が光るころ
雨の帰るところで
私を想ってくれますか
焦がれてくれますか
遠く 秋風に
守られることのない
約束はほどけていく
いつか 赤い木々が燃ゆるころ
雨の帰るところで
私を探してくれますか
見つけてくれますか
いつか 赤い木々が燃ゆるころ
貴方を待ってます
あんまりにも静かに
雪の積もる夜には
立ち籠めていく 僕らの
闇の匂いが広がる
失くすことを恐れて
悴む指を絡める
安らかな その手の
届かぬ未来を想う
ねえ、どんなに繋ぎ止めても
君は僕を置いてゆくのでしょう
凍てついて 凍てついた
終らない夢を
繰り返し 見るだけの
終りのようで
冷えついて 冷えついた
終りない空から
舞い落ちた 一片が
目の前ではじけた
夜明けの海で 小さな星が
淡く 砕け散るころ
永遠で在るものだなんて
何処にも無いと知る
まぶたの裏に思い出すたび
記憶は変わりゆくのなら
今日の日の祝福も
明日には忘れゆくのなら
置き去りの僕も
死んでゆくのだから
仄明るく 静かに
冬が満ちる夜には
はぐれてゆく 僕らは
きっともう二度と会えない
庭の花が咲いたら
次の朝へ向かおう
帰れない時間を
どうか悲しむことなかれ
もう、わたし 嘘なんてつかない
だって、君は 真剣に捉えすぎる
風向きひとつ 人が 街が
ゆらり なびいた
わたしと君の 距離や 意味も
少し変わった
はぐれたレールのおしまいで
少し身を寄せてた
次の列車がやってきたら
ちゃんと帰らなきゃ
大人になんてなれないと
思ってたのだけど
空想を超えた その先の
明日は続いていく
もう、わたし 嘘なんてつけない
でもね、君は 真実が在ると思う?
花の匂いで 人も 街も
ふらり 浮かれる
わたしと君の 住んだ 生きた
場所も変わって
乗っかった路線の行先も
確かめそこねたまま
知らない路地へと迷い込む
それも悪くない
まともになんて できないと
感づいてるのだけど
車輪みたいな 気まぐれで
未来は続いていく
落書きの家 骨になった犬
またねと言って離した指
カップの底 覗くときとか
思い出したりもしてるんだ
はぐれたレールのおしまいで
少し手を繋いだ
次の列車はすぐ来るわ
ちょっと出かけましょ
誰かのようには なれないと
解ってるのだけど
空想を超えた その先の
明日は続いていく
一
過ち、だったのだ
うねる波の間
横転する舟を見た
渦の彼方に
貴方の髪が掻き消える
信じてしまった
完全と永遠の夢
離別を恐れて
安住の地を乞うた
欲が堕ちたは
奈落より深い海
暗く守られた
温室に閉ざされて
悔やむことさえもできない
硝子の壁に映る
鱗に似た花
幻の境界も 歪むほどの
一片の歌すらも
流れゆく世で
果てることを知らぬ
人の夢は虚しい
澱みゆく疑心の
影に惑えど
愛さずに 想わずに
生きることはできぬのか
貴方でないのなら
命は無意味と
私は無価値と
二
「浮かぶ泡は浚われる」
「砂の城は崩される」
「その手を離さぬように」
「二度とはぐれぬように」
炎を忘れた炉の
それは追想の歌
無人の工場は
消えぬ思念に回る
「遠く逃げましょう」
「別たれる運命ならば」
「遠く逃げましょう」
「水平線の果てまでも」
かつて語った
身分をも隠して
辿り着く先に
楽園は在る、と……
立ち昇る記憶が
過去へと変わるとき
心は更と還り
太陽が身を濯ぐ
三
昼も夜も無い
温室の空の
映る月に見えた
銀色の人魚
哀れな迷い人よ
炉の裏の扉を
ごらんなさいな
あの奥に在る歯車を
壊し尽さねばならぬ
愛しい人と居た日々を
忘れてしまいたくはなかろう
熾烈の誓いを
打ち捨てるのか
血も沸き立つ想いを
証明してみせて
記憶が過去と変わってしまう
どうか その前に
急いで――
歌の呼ぶ方へ
引き留める蔓の
戒めも退けて
炉を開け放った
思念は溢れ
亀裂が走る
凍えた水と漆黒が降り注ぐ
四
仕方が無いのです
波に呑まれた
幸福が蘇るなら
たとえ心臓を
贄として奪ってでも
すべては愛ゆえに
すべては愛ゆえに
木槿の花も朽ち始める
密やかに、終わり。
僕はもう行くよ
日を追うごとに夕闇深く
そして君も行くのだろう
塀沿い延びる小川の水面に
一抹の白雨
音もなく過ぎて
少しの夜と異郷のうわさ
分かち合ったなら
さよならだ
遥かな空を 流れる風は
僕の知らない街へ吹き抜ける
君が目にする眩い朝も
僕が知ることはない
それならば自由だ
復讐のような幸福を手に
赦すことはない。
君は言い残す
石灯篭の落とす影濃ゆく
波紋に滲む
遥かな空を 流れる風は
君の知らない歌を連れていく
僕が最期を望む入り江も
君が知ることはない
それだけが自由だ
嵐を呼ぶ雲に 残照
燃え上がるほどの
憎しみに必要なのは
距離であると云うのならば
背を向けて走り出す 君の
足跡に掻き消える 夏を
遥かな空を 流れる風は
僕の行けない街へ吹き抜ける
君が目にする明日の宿も
僕が行くことはない
それならば自由だ
知らない空の下
生きてはくれないか
眩むような雪の降る――
凍てついた静寂で
呼吸の音を数える
終らせられない歌
また同じ夢を見る
鉄線に被さった
青い夕空、落ちても
明日なら殺めた
また時計を巻き戻す
擦り切れたフィルムの回る
記憶の中の冬は
仄の甘い 淡い 白い終焉の匂い
スクリーンを断つ乱反射
思い出さなくていいよ
傷ついて 潰えた 咲いた永遠の惨事
知らぬ間に途絶える
蒸気熱の衝動
終れないでいる終り
また同じ夢を見る
音も気配も吸いこんでいく
波長の短い光
辿り着かない電磁波を送る
行方を喪くした感傷
覚めるように耳鳴りは駆ける
沈黙する雲の切れ間を
冷やしてゆけば冴え渡るのは
ありふれた狂気
ねえ、雪の青は何処から生まれる?
過ちも土に還るんだろうか?
ここで眠ったんなら
冬になれるのだろうか?
変わらないなら死者と同じ
あの過剰なフィクションと同じ
君も忘れてしまうのなら
変わることない悲劇の台詞
何が違うと言いふらせるの?
終らない雪に変わりない
終りの夢と変わらない
凍てついた曇り空
灰になって降り注ぐ
あれは終りの末路
まだ同じ夢を見る
しなやかに鉄塔が
迫る闇に透き通る
終りゆくのは終り
そして次の夜が来る
八月の雨に紛れ
君が去っていった
水たまりに落ちた別れの言葉が
小さくはじけ散った
ずっと望んでいたことで
当然の結末だけど
夕立の径に置いてゆく感傷が
胸を掻き乱した
君と見たあの青い、青い空が
思い出すほどに薄れていく
港から汽笛の音 遠く遠く
何処へ消えていくんだろう
別れの雨もその行方は知らない
立ち竦むように 降り続くだけ
銀色の雨の糸が
僕の髪を濡らす
一緒に過ごしていた霧がかった街は
変わっていないのに
これで良かったはずなんだ
僕たちで決めたことだ
いつしか目的地がすれ違っていって
亀裂と変わっていた
君の居たあの淡い、淡い日々が
思い出となって終っていく
日没の鐘は鳴った 急かすように
また明日が来るんだろう
過ぎ往く時は追想の幻
結んでいた手が 離されただけ
君の残した置手紙が
夢ではなかったと言った
それでも、この雨が止んでも きっと
君のくれたものは無くならないから
ここからずっと 歩き続けたら
何処にだって行けると云えるの?
一面に銀色 凍りついた海から
遠く 遠く 祈りの声は呼ぶ
例えば僕が 許されているとしても
また帰るのだろう 其処は最果てだろう
揺れる 氷の囁きを引き連れて、消える
君のここに居た形跡さえも
いつか なくなっていくのなら、どうか
今だけ美しく瞬いてほしいよ
このままずっと 変わらず信じて
何かにだとかなれるわけじゃない
一面に銀色 凍りついた海から
遠い 遠い 終わりの日が薫る
不可逆となる 永久の凍土のように
時を縫いとめたろう 其れが証明だろう
割れる 氷柱の煌きが切り裂いて、消える
君とここに居た歳月さえも
揺れる 氷の囁きを引き連れて、消える
君のここに居た形跡さえも
いつか なくなっていくのなら、どうか
今だけ美しく瞬いてほしいよ