6th エケベリア


海とバスルーム

排水溝は海へと繋がっているから

はるか砂浜の波に思いを馳せていた

 

浴槽、

石鹸のにおい、

身体を撫でていくお湯、

真っ暗な管を通って

どこか、

どこか、

遠いところへ

 

わたしの知らない海のある街で

あなたはひとり貝がらを拾う

太陽のように強かなその目で

光の泳ぐ海の果てを見つめる

 

浴槽、

水滴とタイル、

剝がれて落ちる細胞、

毎日生まれなおしては

どこへ、

どこへ、

行ってしまうの?

 

あなたとこのまま出会うこともなく

海は静かに在りつづけるだろう

それでもあなたの透明ななみだの

こぼれる夜が少なくなりますように

夏のコンビニ

冷房で冷やされた

部屋は少し濁ってる

息継ぎをするかのように

午後五時ドアを開けた

 

健康でありふれた日

夕焼けが始まる空

コンビニへと向かう道で

私はこの夏の景色になる

 

特別なものなんて

何にもなくたって

 

五年経ったら、十年後には、

私たちどこで暮らしているかな

いつか自由な夏が来たなら

遠くへ出かけたいね

 

健康でありふれた日

すぐそこのコンビニまで

サンダルでぺたぺた歩く

私はこの街の夏になる

 

特別なものなんて

何にもなくたって

なめらかバニラアイス

買って帰ろう。

大人の冬の日

あなたはどんなとき

大人になったことを知った?

私はねぎまと春菊の

おいしさに気がついたとき。

 

そう

ねぎまに刺さるねぎのように

かっこよく生きていくんだ

野菜はいらない、なんて言わずに

だってこんなにも旨いから

 

お鍋の底の春菊のように

味のあるおばさんになる

くったりするまで煮込めばいいの

だってこんなにも旨いから

 

(旨いよな)

(天才的に)

 

焼き鳥を並べて、鍋を真ん中に

暖かなストーブは冬のにおい

 

ビール!(ビール!)

ジュース!(ジュース!)

緑茶!(緑茶!)

ポン酒!(ぽぽんちゅッ!)

その辺のビンを鳴らそう!

 

今夜は宴だ! 未来の話は

とりあえずどうでもいいか

食べることしか考えられない

ねぎも春菊も旨いから

 

ねぎまのねぎにも春菊にも

なれずとも何とかなるさ

みんなで歌を歌えばいいよ

今日はこんなにも素敵だよ

木曜日の夕方

電車の窓から見える街が

木曜日の西陽に染まってゆく

 

それぞれの家の

浴室、寝室、

キッチンから漂う夕食の匂い

 

あなたの物語を教えて

私の記憶たちを見つけて

日々は長い夢などではなく

私たちは今ここで

生きていることを

思い出して

 

それぞれの家の

廊下と、リビング、

一番星とともに灯る蛍光灯

 

確かに回っていく生活

言葉を指の先で綴った

日々はただの嘘などではないから

この線路の続く先

生きているあなたも

元気でいて

元気でいるから

水晶のランタン

 銀色の星くず

 ひとりきりの夜

 眠れないまま

 心の中を

 あなたはまたさまよって

 

どれだけ泣いても、あなたを咎めないから。

夜が明けるまで、命を捨てないで。

 

 頼りない炎が

 照らす深い夜

 小さく吐いた

 懐かしい歌

 空へともう溶けてった

 

さみしさはいつか、誰かの愛を呼ぶから。

夜が明けるまで、そこで待っていてよ。

一等星

雨の日に

がらくたと一緒に

捨てられる

そんな夢を見た

 

窓の外は暗い

君はどこにいる?

ドアの鐘が鳴る時を

待っていた

 

真夜中の君の空の

一番ひかる星に

なりたかったけど

君はもう僕以外の星を

見つけてしまった

 

有限の空 有限の宇宙

忘れられても僕はひかる

君の空が朽ちてしまわないなら

それでいいよ、それでいい

遊園地にさよならを

暗闇に浮かび上がる

観覧車が きらきら

楽しいふりをしていた なんとなく

 

僕が渡した風船を

受け取って ふわふわ

君は曖昧な瞳で眺めてる

 

明るすぎる園内に

涙の居場所はないから

 

遊園地を抜け出しちゃおう

もう笑わなくていい

電飾の赤と青が視界の端で滲む

 

欲しかったのは光でなく

寄り添う夜だった

二人で手をつなぎ出口へと向かった

 

本当は僕たち

ずっと、ずっと、泣きたかった

 

遊園地を抜け出しちゃおう

ねえ僕と一緒にさ

回るメリーゴーランド 置き去りにして走る

 

泣いていいよと君が言って

魔法が解けていく

楽しいふりなんてこれで終わりにする

さよなら、遊園地

月と洗濯機

夜も遅いけど

洗濯をするの

ごうんごうんと

洗面所に響く

 

月が見えるね

カーテンの隙間から

あと数日で

満月になるよ

 

同じ今日は来ないということを

知りながら洗濯機は回る

夏は次第に深まっていく

私もひとつ歳をとった

 

洗濯機の残り時間の表示が

赤くひかる ひかる

 

洗うほどにほつれる布の生地

くたびれたバスタオルを捨てる

シャツもシーツも入れ替わっていく

月は何にも言わないままで

 

十年を十回も繰り返しすれば

みんないない いない

 

失われることが約束された

日々は静かに過ぎる

さみしがりの手紙

行き場のない心をボトルに詰めて

ひんやりと冷たい夜空へと流していた

 

さみしがりの僕たちは

孤島で誰かを待ちわびる

毎晩長い手紙を書いては

どこかの空へと届くことを祈った

 

 ハロー、見つけたよ

 君の手紙が届いたよ

 ハロー、見つけたよ

 僕はここにいるよ

 

 そちらは寒くない?

 この部屋は暖かいよ

 お腹はすいてない?

 スープを飲んでいたよ

 

 そんな日が

 明日も明後日も続くといいね

 

さみしがりの僕たちの

手紙が時に紛れていく

いつしか君も飽きてしまって

広がる宇宙でもう会えない

 

君はきっと僕を忘れて

僕も多分君を忘れる

それでも季節の変わる日などに

交わした言葉の匂いを思い出すんだ

とかげ座

長袖の季節は

過去を隠せるから

ちょうどいいね

涼しい空気

そっと吸い込んだ

 

秋の長い夜が来て

空で溺れそうなとかげ座

どうして私は泣いていたのか

理由がわからずにいた

 

加速する月日は

どこへ向かうんだろう

終わったことを

引き摺るなよと

時は急ぐけど

 

誰も悪くなかった、と

あやふやにするほどに

なんでなのよと

なんとかしてよと

問い詰めてみたくなる

 

秋の長い夜が来て

いつしか傷ついた心が

尻尾のように切り捨てられずに

残されていたことを知る

 

助けてほしかった

その言葉が言えなくて

果実酒ができるまで

キッチンでフルーツを切る

どうにもならないことばかり

それでも生活は続く

蛇口の水滴が落ちる

 

 果実酒ができるまで ねえ

 そばにいておくれよ

 他愛もない話をしよう

 わかりあえなくてもいいよ

 

 次の季節がやってきたら そう

 おいしくできあがるさ

 それまで生きていよう

 生きていてよ

 

無気力な昼下がりとか

未来を憂う真夜中とか

僕らを攫おうとするものは

いくらでもあって

 

 果実酒ができるまで ねえ

 どこかへ行かないで

 同じ時代に君がいるなら

 世界は少し優しいよ

 

 次の季節にできあがれば そう

 甘い特別な味

 それまで生きていよう

 生きていくよ

天の川のほとり

ひとりが好きな君へ

ひとりが好きな僕より

夜が透明になったら

会いに来て 

天の川のほとりに

 

あたたかいミルクに

月の蜜を少し

泣いてしまいそうだったら

何も言わなくていいよ

 

この空にひしめく光がこんなにも

綺麗だよ 君にも見える?

やわらかで優しい孤独に飽きたら

誰かといるのも悪くはないね

 

ねえ、君もそう思うのなら

健やかな朝がやってくるはずさ